Go West!~金色の乙女と冒険者達~ 第一部第ニ章 移民の地カタン 最終話 [小説]
Go West!~金色の乙女と冒険者達~
第一部第ニ章 移民の地カタン 最終話
【廻りだす運命の輪】
「いやぁ、あそこでバレリアがパドレスへ行くなんて言うとはねぇ。俺、久々に感動したなぁ。」
相変わらずの曇り空の下、水たまりの泥水を跳ね上げ進むピルパグの背に揺られながら、カシェルは前に座り手綱を握るマリクに話しかけた。
「ええ・・・。ホントに僕のためにお手数かけちゃって・・・すみません。」
「だから、ついでだと言っているではないか!何度も言わせるな。」
バレリアがは兜の覆いを下げたままピシャリと彼らの言葉を切り捨てた。
「またぁ~、ご謙遜を~。」
懲りずにカシェルはバレリアをからかい続ける。
「うるさいっ。」
とうとう、バレリアは覆いを押し上げ、カシェルを睨み付けた。
その顔は、照れと怒りが入り交じり真っ赤だった。
隣で黒馬を操るジェイドもおかしそうにクスクスと笑っている。
「ジェイドまで笑うな!・・それにバカばかり言うくせに”馬代わり”にしかならん役立たずの竜より、能力優秀な金狼の方がずっと戦力としても頼もしいと私が判断したのだ。だからマリクを仲間として認め受け入れる・・それだけのことだ。」
不機嫌そうにバレリアは言葉を切り、プイとそっぽを向いた。
しかし、数分後バレリアはマリクの方を再び向き直り今度は穏やかな口調で
「正直な所、私はお前が戻ってくるのかとても不安だった。私たちと一緒に行く決心をしてくれたこと・・とても嬉しく思う。マリク・・・これからも私たちを支えてくれ。宜しく頼む。」
そう語りかけると彼に軽く頭を下げた。
「なぁ、マリク〜。俺だってお前のことを大切な仲間だと思ってるんだぜ。だからもう一人で悩むなよ。俺、アイツの言う通りバカだけどさ、お前の悩みを聞いてやる事ぐらいはできるから。なっ?」
「バレリア様・・ありがとうございます。カシェルさんもジェイドさんも・・・本当にありがとう。」
マリクは仲間の暖かい言葉に胸が詰まり、流れる涙を拭うともせずにヒクヒクとしゃくりあげた。
「おいおい、うちの狼さんは泣き虫だなぁ。」
再び軽口を叩きながら、カシェルはマリクの肩を乱暴に抱いた。
「役立たずの竜が、何を言うか♪」
歌うようにバレリアが憎まれ口の応酬を返す。
「なんだと~!この高飛車女っ。鬼!悪魔!」
「あっはははっ・・・。」
それに続いて、カシェルとジェイドの笑い声が響く。
マリクも涙で顔をクシャクシャにしたまま笑顔を浮かべた。
(今は、こうして笑っていよう・・・これから先、マリクと私たちの運命がいかに過酷なものであろうとこうしていれば乗り越えられる・・全てを受け止められる・・私はそう信じる。)
高らかに笑いながら、バレリアは心に誓った。
「さぁ、パドレスまで道は長いぞ、ここからは早駆けだ!私についてこい!」
そう叫ぶと、バレリアは再び馬に鞭を当てた。
白馬は高く嘶くと、飛ぶように駆けだした。
その後に、黒馬とピルバグが続く・・・再び彼らの運命の輪が廻りだした・・・。
~end~
Go West!~金色の乙女と冒険者達~ 第一部第ニ章 移民の地カタン vol.10 [小説]
Go West!~金色の乙女と冒険者達~
第一部第ニ章 移民の地カタン vol.10
【マリクの決意】
開け放った窓から、林道を進む馬の嘶きが微かに聞こえてくる。
マリクは旅立ちの支度を済ませ、ベッドに腰掛け物思いにふけっていた。
昨日の出来事は相変わらず彼の心に棘のように突き刺さり、鈍く痛みを残していた。
馬の足音が小屋の前で止まった。
マリクはハッとしたように顔を上げ、弾かれたように立ち上がると自室を飛び出しバタバタと階段を駆け下りた。
(出発の前に・・ケイトにこれだけは伝えなくちゃ!)
彼は一つの決断を胸に、深く深呼吸をすると裏庭へ続くドアを静かに開けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
カサッ
下草を踏みしめる微かな音と人の体温のぬくもりを背後に感じ、庭で花の手入れをしていたケイトは振り返った。
「マリク・・・・。」
化け物を見るような恐怖の表情を浮かべ、彼女はバル爺さんのいる薪小屋へ逃げ込もうと踵を返した。
「待ってケイト!そのままでいいから、僕の話を聞いて!」
マリクは必死の思いで叫び、ケイトを呼び止めた。
「ケイト・・・・。僕は昨日、どんなことをしても君を守りたかった。できれば人間として・・・僕の呪術で君を守り通したかった。だけど・・僕は恐怖に屈して、狼に変化した。でもね、身体は変化しても君を守りたいという気持ちは変わらなかったんだよ。僕は、僕の大切な人たちを守りたい・・・それが呪術師としての姿でも、狼の姿であっても・・・。この気持ちはこれから先も変わらない。僕は、両親のことも自分の生い立ちも判らない。記憶がないから・・・。でも今、僕が生きていることそれは紛れもなく両親の生きた証でもあると思う。僕は事実を確かめる為にパドレス村へ行くよ。そこにどんな真実が待ち受けているのか判らないけど、僕は狼人として全てを受け止めるよ・・・。ケイト、僕はもうここには戻らない。でも、君のことは忘れないよ。君の笑顔を僕は忘れない・・・。」
マリクの言葉はそこで途切れた。
ケイトは細い肩を小刻みに震わせ、何かをジッと怺えるように自らの身体をきつく抱きしめたまま泣いていた。
ケイトの心は、恐れと憎しみ、そして彼への思慕の情が渦巻き千々に乱れていた。
「マリク・・・私・・!」
たまらずケイトは、涙で噎びながら振り返った。
だが、もうそこにはマリクの姿はなかった。
(行ってしまった・・・・。)
ケイトは、ヘタヘタとその場に座り込むと肩を震わせながら激しく泣きじゃくった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「皆さん、遅くなってすみませーん!」
バレリアとお茶を飲んでいたルードがいつもの優しい表情を浮かべ、彼を振り返った。
「遅い!一体身支度にどれだけ時間をかければ良いのだ!」
バレリアはお茶を飲み干し、空のカップをルードに渡しながらマリクを睨み付けた。
「あれぇマリク、お前思ったより元気そうじゃん。なんか心配して損したなぁ。」
カシェルも憎まれ口を叩きながらも、戯けた表情でマリクの肩をバンバンと叩いた。
「お帰りなさいマリク。」
ジェイドも、馬の首を撫でながら彼を振り向き、優しい笑みを浮かべた。
皆の暖かな笑顔に迎えられ、マリクは嬉しそうに微笑んだ。
そして、スゥと軽く呼吸を整えると、バレリアの方に向き直り口を開いた。
「バレリア様、僕・・・・・。」
「パドレス村へ行くぞ。お前の全てはそこから始まったのだろう?そして、そこへ行かねば何も解決しない・・・そうだな?」
マリクの言葉を遮り、バレリアはそう言うとニコリと微笑んだ。
「でも、そんな・・・パドレスに行くのは僕一人で充分です。バレリア様にこれ以上ご迷惑はかけられません!」
顔を赤らめ慌ててマリクはブンブンと首を振った。
「ふん・・・。思い上がるな。パドレスは西国への通り道。ついでにちょっと立ち寄るだけだ。」
馬上から一喝され、マリクは慌ててピルバグに跨る。
その様子をニヤニヤと笑いながら見つめていたカシェルも、勢い良く彼の後ろに飛び乗っ
た。
「それではルード殿、世話になった・・・・。又いつの日か会おう。」
「ええ、バレリア様もお元気で。ジェイドさん、カシェルくん、マリクのこと、宜しくお願いします。」
ルードもにこやかに別れの挨拶を交わした。
”パドレスへ!”
彼らの思いを乗せて馬の蹄の音が遠ざかっていく・・・・。
走り去るバレリア一行の後ろ姿を見送ると、ルードは大地に跪いた。
「神よ、どうぞ彼らをお守り下さい。マリク・・強く・・強く生きなさい。」
彼は神と精霊達に祈りを捧げた。
祈りの呪文は、朗々と蒼の森に流れ途切れることがなかった。
Go West!~金色の乙女と冒険者達~ 第一部第ニ章 移民の地カタン vol.9 [小説]
Go West!~金色の乙女と冒険者達~
第一部第ニ章 移民の地カタン vol.9
【師弟の絆】
慌ただしくバレリア一行が部屋を去り、ルードの家は水を打ったように静まり返った。
ルードは暫く椅子に座ったままランプの灯りを見つめ、思いを巡らせていた。
マリクに出会ってからのこの数年の想い出が彼の心の中には溢れかえっていた。
「う・・・。」
無い左腕の付け根が急にズキリと疼き、ルードは低く声を漏らした。
(こんな傷の疼きなど、マリクの痛みに比べたら何のことはない・・・。あの子の心の傷はもっと酷い痛みに耐えているのだから・・・。)
ルードはフッと短く息を吐き出すと、マリクの部屋の方を見やった。
ガタンッ
その時、二階で何か物音がして、ルードは慌ててランプをひっ掴むと二階へ駆け登っていった。
「マリク、大丈夫ですか!」
ルードは叫びながらマリクの部屋のドアを右肩で押し開けた。
「!!」
マリクは、窓を開け空の月を見つめていた。
「先生・・・。今夜の月は赤い色をしてますよ・・・そして大きな満月・・・。」
振り返ったマリクは泣いていた。
「マリク・・・。」
ルードは彼に近づくとの優しく肩を抱えると、ベッドに戻るように促した。
マリクも大人しく彼に従うとベッドに潜り込み、ルードの顔をじっと見つめた。
「あの月の赤い色、まるで今日僕が殺した狼達の血のようだった。先生、僕・・・又自分を抑えることが出来ませんでした。」
マリクの言葉に、ルードは頷きながら彼のベッドの側に椅子を引き寄せそこに腰掛けた。
「ああ、そうだね・・・そうかもしれない。でもマリク、君はケイトを守りきった・・・よく最後まで頑張ったね。」
そう言うと、彼は穏やかな微笑みを浮かべた。
「ケイトの両親が狼に襲われて亡くなっていたなんて、僕ちっとも知らなくて・・・。彼女の気持ちを思うと僕・・嫌われても仕方がないですよね。」
「いや。彼女の件は私が悪いのです。君に余計な気を使わせまいと事実を曲げ、ちゃんと教えなかったばっかりにこのような事態を招いてしまった。セルフィニウムの事だってもっと早くに教えておくべきだった・・・。こんなことでは君の師匠を名乗る資格は・・私にはありません。」
そう言い終えるとルードは肩をすくめた。
「先生。資格がないだなんて・・そんなこと言わないで!僕はまだまだ教わらなくちゃならないことがたくさんあるのに!」
そう言うと、マリクは身を起こしルードの手を取った。
「ありがとうマリク。だが、僕にはもう君に教えることはない・・・。君はもう一人前の呪術師だ。」
そう言うと、ルードはマリクを抱きしめ彼の頭をクシャクシャと撫でながら続けた。
「マリク、これからもその目で事実を見据えしっかりと生きなさい。自分の信じる道をしっかりとその足で進みなさい。君ならきっと出来る・・。そして君のご両親が与えてくれた素晴らしい能力を正しきことに使うのです・・いいですね?」
耳元で響くルードの暖かい励ましに、マリクは深く何度も頷いた。
それを確認すると、ルードはマリクから身体を離した。
「さぁ、もう眠りましょう。明日はバレリア様が君を迎えにいらっしゃる。急ではあるが明日お発ちになられるそうだよ。マリク、君は素晴らしい仲間に出会えたようだね。」
と言うと、もう一度ニコリと微笑み椅子から立ち上がった。
「バレリア様が、僕を迎えに?」
マリクは驚いてルードに尋ねた。
「ああ、先程ここにいらしてね。そうおっしゃっていたよ。」
「そうですか・・・。」
「とにかく、今夜はゆっくりおやすみ。明日から又忙しくなるからね。」
そう言うと、ルードはランプを片手に部屋を出ていった。
「出発は明日・・・。」
そう呟くとマリクはベッドに身を横たえた。
彼の表情はどことなく冴えず雲がかかったように暗く沈んでいた。
【彼を迎えに】
翌朝、生憎空は今にも泣き出しそうな様相だった。
どんよりとした曇天は、二日酔いのカシェルとジェイドの気分を更に滅入らせた。
「なんだ、朝っぱらから元気がないな。あれくらいの酒で二日酔いとはだらしがないぞ。」
バレリアは意地悪く口の端をつり上げて笑うと、荷物をまとめ宿の主人に礼を言うと颯爽と玄関を出ていった。
「はぁぁ~。絶対あり得ねぇ。アイツあれだけ飲んでなんであんなに元気なんだ?」
深い溜息をつきながら、カシェルはぼやいた。
「彼女に勝負を挑んだって勝てないって言ったでしょう?それを貴方ったら無謀なんだから・・・結局潰されて・・・。」
ジェイドもこみ上げてくる吐き気を抑えながら、更に深い溜息をついた。
「ああ・・・俺・・・もう竜の塔に帰りてぇ・・・。」
「・・・馬鹿ね・・・。」
そう言いながら、二人は荷物をまとめ、ノロノロと宿を後にしようと玄関へ向かった。
「おう、二人とも待ちな!二日酔いなんだろう?コイツをやるから喰っていけ。」
赤髭亭の主人は、真っ赤に熟したヒールベリーを一掴みづつ彼らに手渡すと微笑んだ。
「何だかようわからんが・・・よい旅をな!」
「ん・・・ありがとよ。オッサン!」
カシェルはヒールベリーを口一杯に頬張ると、果汁で汚れた掌をズボンでゴシゴシと拭き、無骨な店主の手を握り、ニヤリと笑った。
ジェイドも彼に丁寧に礼を言うとカシェルを促し宿を後にした。
「遅い!」
すでに愛馬に跨ったまま、バレリアは二人を一喝した。
二人は慌てて、黒馬に跨り彼女の横に馬の轡を並べた。
「行くぞ。」
バレリアは、そう言うと馬の尻に鞭を当てた。
二頭の馬は並んで林道を歩き出した。
蒼の森は、昨夜の雨の匂いがした。
林道も少しぬかるみ、足場が悪く微妙な振動が二日酔いの二人にはかなりきつかった。
「う~。ヒールベリーちっとも効かねぇぞ・・・。」
カシェルが呻く 。
「我慢なさい。」
ジェイドも辛そうに低く答えた。
そんな彼らの会話を冷ややかに聞き流しながら、バレリアは前方に見えてきたルードの小屋を厳しい表情で見つめていた。
~続く~
Go West!~金色の乙女と冒険者達~ 第一部第ニ章 移民の地カタン vol.8 [小説]
第一部第ニ章 移民の地カタン vol.8
【マリクのために】
「・・・わかりました。ですが、今夜はもう遅い・・。明日もう一度お越し頂いてもよろしいですか?」
涙で濡れた顔を上げ、ルードは頷きバレリアに尋ねた。
「ああ、こちらはかまわぬよ。・・・それでは明日迎えにあがらせて頂くとしよう。・・・ルード殿、マリクのこと宜しく頼みます。」
バレリアはそう言って彼に深々と一礼し、席を立つと玄関を出ていった。
「なんだよ、おい、もう帰るのか?用事はこれだけかよ?!」
そう叫びながら、カシェルは慌ててバレリアを追いかける。
ジェイドも、ルードに頭を下げるとそそくさと部屋を後にした。
慌ただしく玄関を出ていく彼らの後ろ姿を、ルードは中腰になり少し呆気にとられた表情を浮かべ見送っていたが、ドアが軋んだ音をたてて閉まると再び椅子にグッタリと腰を落とした。
「しかし、お前ときたら行動が突飛すぎるんだよなぁ。」
白馬の轡を取り、バレリア達と並んで歩きながらカシェルはブツブツと不満を漏らした。
「悪いか?・・・そもそも二人だけで出かけるなんて・・・卑怯だぞ。」
バレリアも負けずに、言葉を返す。
「卑怯?なんだよそれぇ。あーー、まさかお前ヤキモチ焼いてるとかぁ?」
「ちっ、違うっ馬鹿者。マリクを仲間と認めた以上、私にも責任があるだろう?彼奴の心配をして何処が悪い。特に私は・・・今回はマリクに並ならぬ世話になっているのだぞ・・・。」
そう言うと、バレリアは押し黙った。
(へぇ・・・コイツ、ただの高飛車女だと思っていたけど、根はいい奴なんだな。)
カシェルはたまらず”ククク”と声を殺して笑った。
「笑うな・・・。」
カシェルの笑い声を聞きながら、バレリアは困ったようにポツリと呟くと深い溜息をついた。
それからの道中、三人は赤髭亭まで一言も話さなかった。
宿へ帰っても何となく誰もが口を開くのを躊躇っているのか、皆テーブルについたまま物思いに耽っていた。
「おや?お嬢さんがた、今夜は一杯やらんのか?シーンとしちまって・・辛気くさいぜぇ。・・そういやぁ、あの呪術師の兄ちゃんはまだ帰ってこないのかい?」
陽気に宿屋の主人がカウンター越しに話しかけてきた。
「うるさい、親父!・・・少しは場の空気というものが読めんのか?・・・が、確かに少し飲んだ方がクスリになりそうな気もするな。よし、パドレス産のワインを3本とグラスを3つ頼む。」
そう答えると、ニヤリとバレリアは親父に微笑んだ。
「おーし、そうこなくちゃな。この3本はオレの奢りだ。但し、追加注文はきっちり払って貰うがな!」
彼女の注文を受け、満足そうに笑うと、親父はいそいそと酒の準備を始めた。
それを見て慌てたのはジェイドとカシェルだった。
「又っ、バレリア様。飲み過ぎですよ。私が下戸なの知ってるでしょう??」
「3本って・・・マジぃ?」
口々にバレリアを止めようと必死になって説得を試みた。
しかし、彼女はワインの栓をナイフで開けると、それぞれのグラスに芳醇な香りの液体を容赦なく注いだ。
「つべこべ言わずにお前達もしっかり飲め。明日は事の次第によっては少しばかり厄介なことになるかもしれんからな・・・。景気づけだ。」
そう言い終えるとバレリアは
「我らの仲間・・・マリクのために・・・。」
グラスを持ちそう呟くと、わずかにグラスを掲げ一気に杯を干した。
【師弟の絆】
慌ただしくバレリア一行が部屋を去り、ルードの家は水を打ったように静まり返った。
ルードは暫く椅子に座ったままランプの灯りを見つめ、思いを巡らせていた。
マリクに出会ってからのこの数年の想い出が彼の心の中には溢れかえっていた。
「う・・・。」
無い左腕の付け根が急にズキリと疼き、ルードは低く声を漏らした。
(こんな傷の疼きなど、マリクの痛みに比べたら何のことはない・・・。あの子の心の傷はもっと酷い痛みに耐えているのだから・・・。)
ルードはフッと短く息を吐き出すと、マリクの部屋の方を見やった。
ガタンッ
その時、二階で何か物音がして、ルードは慌ててランプをひっ掴むと二階へ駆け登っていった。
「マリク、大丈夫ですか!」
ルードは叫びながらマリクの部屋のドアを右肩で押し開けた。
「!!」
マリクは、窓を開け空の月を見つめていた。
「先生・・・。今夜の月は赤い色をしてますよ・・・そして大きな満月・・・。」
振り返ったマリクは泣いていた。
「マリク・・・。」
ルードは彼に近づくとの優しく肩を抱えると、ベッドに戻るように促した。
マリクも大人しく彼に従うとベッドに潜り込み、ルードの顔をじっと見つめた。
「あの月の赤い色、まるで今日僕が殺した狼達の血のようだった。先生、僕・・・又自分を抑えることが出来ませんでした。」
マリクの言葉に、ルードは頷きながら彼のベッドの側に椅子を引き寄せそこに腰掛けた。
「ああ、そうだね・・・そうかもしれない。でもマリク、君はケイトを守りきった・・・よく最後まで頑張ったね。」
そう言うと、彼は穏やかな微笑みを浮かべた。
「ケイトの両親が狼に襲われて亡くなっていたなんて、僕ちっとも知らなくて・・・。彼女の気持ちを思うと僕・・嫌われても仕方がないですよね。」
「いや。彼女の件は私が悪いのです。君に余計な気を使わせまいと事実を曲げ、ちゃんと教えなかったばっかりにこのような事態を招いてしまった。セルフィニウムの事だってもっと早くに教えておくべきだった・・・。こんなことでは君の師匠を名乗る資格は・・私にはありません。」
そう言い終えるとルードは肩をすくめた。
「先生。資格がないだなんて・・そんなこと言わないで!僕はまだまだ教わらなくちゃならないことがたくさんあるのに!」
そう言うと、マリクは身を起こしルードの手を取った。
「ありがとうマリク。だが、僕にはもう君に教えることはない・・・。君はもう一人前の呪術師だ。」
そう言うと、ルードはマリクを抱きしめ彼の頭をクシャクシャと撫でながら続けた。
「マリク、これからもその目で事実を見据えしっかりと生きなさい。自分の信じる道をしっかりとその足で進みなさい。君ならきっと出来る・・。そして君のご両親が与えてくれた素晴らしい能力を正しきことに使うのです・・いいですね?」
耳元で響くルードの暖かい励ましに、マリクは深く何度も頷いた。
それを確認すると、ルードはマリクから身体を離し
「さぁ、もう眠りましょう。明日はバレリア様が君を迎えにいらっしゃる。急ではあるが明日お発ちになられるそうだよ。マリク、君は素晴らしい仲間に出会えたようだね。」
と言うと、もう一度ニコリと微笑み椅子から立ち上がった。
「バレリア様が、僕を迎えに?」
マリクは驚いてルードに尋ねた。
「ああ、先程ここにいらしてね。そうおっしゃっていたよ。」
「そうですか・・・。」
「とにかく、今夜はゆっくりおやすみ。明日から又忙しくなるからね。」
そう言うと、ルードはランプを片手に部屋を出ていった。
「出発は明日・・・。」
そう呟くとマリクはベッドに身を横たえた。
彼の表情はどことなく冴えず雲がかかったように暗く沈んでいた。
【彼を迎えに】
翌朝、生憎空は今にも泣き出しそうな様相だった。。
どんよりとした曇天は、二日酔いのカシェルとジェイドの気分を更に滅入らせた。
「なんだ、朝っぱらから元気がないな。あれくらいの酒で二日酔いとはだらしがないぞ。」
バレリアは意地悪く口の端をつり上げて笑うと、荷物をまとめ宿の主人に礼を言うと颯爽と玄関を出ていった。
「はぁぁ~。絶対あり得ねぇ~。アイツあれだけ飲んでなんであんなに元気なんだ?」
深い溜息をつきながら、カシェルはぼやいた。
「彼女に勝負を挑んだって勝てないって言ったでしょう?それを貴方ったら無謀なんだから・・・結局潰されて・・・。」
ジェイドもこみ上げてくる吐き気を抑えながら、更に深い溜息をついた。
「ああ・・・俺・・・もう竜の塔に帰りてぇ・・・。」
「・・・馬鹿ね・・・。」
そう言いながら、二人は荷物をまとめ、ノロノロと宿を後にしようと玄関へ向かった。
「おう、二人とも待ちな!二日酔いなんだろう?コイツをやるから喰っていけ。」
赤髭亭の主人は、真っ赤に熟したヒールベリーを一掴みづつ彼らに手渡すと微笑んだ。
「何だかようわからんが・・・よい旅をな!」
「ん・・・ありがとよ。オッサン!」
カシェルはヒールベリーを口一杯に頬張ると、果汁で汚れた掌をズボンでゴシゴシと拭き、無骨な店主の手を握り、ニヤリと笑った。
ジェイドも彼に丁寧に礼を言うとカシェルを促し宿を後にした。
「遅い!」
すでに愛馬に跨ったまま、バレリアは二人を一喝した。
二人は慌てて、黒馬に跨り彼女の横に馬の轡を並べた。
「行くぞ。」
バレリアは、そう言うと馬の尻に鞭を当てた。
二頭の馬は並んで林道を歩き出した。
蒼の森は、昨夜の雨の匂いがした。
林道も少しぬかるみ、足場が悪く微妙な振動が二日酔いの二人にはかなりきつかった。
「う~。ヒールベリーちっとも効かねぇぞ・・・。」
カシェルが呻く
「我慢なさい。」
ジェイドも辛そうに低く答えた。
そんな彼らの会話を冷ややかに聞き流しながら、バレリアは前方に見えてきたルードの小屋を厳しい表情で見つめていた。
~続く~
Go West!~金色の乙女と冒険者達~ 第一部第ニ章 移民の地カタン vol.7 [小説]
Go West!~金色の乙女と冒険者達~
第一部第ニ章 移民の地カタン vol.7
【金狼】
ザワザワッ・・・ザザザッ
セルフィニウムの茂みを分けて、姿を現した獣・・・それは狼だった。
それも、1~2頭といった半端な数ではない。
彼らは一つの群となりマリク達を取り囲んでいたのだ。
「ああ・・・あ・・・。」
その様子を見てケイトがマリクの胸の中で恐怖に引きつった表情を浮かべた。
彼女の体はガクガクと激しく震え、視点はぼんやりと宙を彷徨っている。
それは異常なまでの怯え方だった。
「ケイト・・・大丈夫・・・大丈夫だから・・・君は僕が必ず守る!」
そう叫ぶと、マリクは呪文を詠唱する。
二人のまわりに小さな風の流れが生じ、それがだんだんと勢いを増し渦を巻き始めた。
「風の精霊シルフィよ。我に力を!ウィンドゥソード!」
マリクは胸の前に合わせた掌を勢い良く開き、全ての気を狼の群めがけて放射した。
ドォォォン
渦巻く突風は、セルフィニウムの花弁を吹き飛ばし鋭い刃となり四方から狼たちを切り刻み、狼達は血飛沫をあげながらバタバタとその場に倒れた。
残りの狼達も後ろ足の間に尻尾を挟み、ジリジリと後退を始めた。
(やった!今のうちにここから逃げなくては!)
マリクはフッと表情を和らげ、ケイトの手を取り先程来た道へ駆けだそうとした。
その時だった。
ウゥゥゥゥ!
花の香りと仲間の血の匂いに酔い、更に凶暴さを増した新たな群が鼻の上に深い皺を寄せ、鋭く長い牙を剥き出し唸り声を上げながら、マリク達を取り囲んだ。
「なんだって!一体何頭の群がここにいるんだ!これじゃあきりがないっ」
マリクは恐怖した。
久しぶりに味わう、極限の恐怖・・・。
(最後にこんな思いをしたのはいつだったのだろう・・・。)
むせ返るようなセルフィニウムの香りが、彼の鼻腔を刺激する。
ドクッ・・ドクン・・・。
「ううっ」
マリクの心臓が激しく鼓動し、呼吸が次第に荒くなる。
ハァッ・・・ハァッ・・・。
額に脂汗が浮かび体がピクピクと痙攣を始め、彼は低く呻き声を漏らした。
(駄目だ・・・。ここで変化しちゃいけない!ケイトが・・・彼女が見てる!・・・でも・・体がいうことを・・・きかない・・・・。)
「うわぁぁぁぁぁ!」
マリクは崩壊していく自我を必死に引き留めようと、抗うように蹲り額を地に打ち付けた。
メキメキッ!
抵抗も空しくマリクの手足はおかしな方向に曲がり、嫌な音をたてて背骨が盛り上がっていく・・・。
耳が鋭くとがり、顔はみるみるうちに獣の顔に変わった。
彼の口元からは鋭く尖った牙が覗き、口は耳まで大きく裂けていた。
そう・・・”臆病な呪術師マリク”は姿を消した。
彼が立っていた場所・・・そこには金色に輝く大きな”金狼”が激しい怒りを宿したエメラルド色の瞳で、彼らを取り囲む狼達を睨みつけながら雄々しい咆哮を上げていた。
その身体からは陽炎のようにオーラが立ちのぼり、狼達を威圧していた。
ユラリ・・・
金狼が動いた。
それを合図に近くにいた狼が数頭、唸り声を上げながら彼に跳びかかった。
金狼はヒラリと身を翻し、まず一頭の首筋に鋭い牙を突き立てた。
赤い鮮血が、青い空に向けて噴水のように飛び散る。
美しい青紫の花々は、べっとりとした血糊にまみれ、力無く頭を垂れ無惨にも獣達に踏み倒されていった。
事切れた狼をくわえたまま、金狼は残りの狼を睨み付けた。
そして、くわえた骸を彼らの方へドサリと放り投げ、威嚇の咆哮を浴びせた。
しかし、仲間の骸を前に狼の群の興奮は醒めるどころか一層高まり、金狼とケイトを取り囲む輪を縮めだした。
狼達が一斉に、彼らに跳びかかろうと身構えた時、頭上を大きな影が横切り、突風が彼らをなぎ倒した。
ヒュルン!パシュッ
数本の矢が狼達の足元に突き刺さり、群の中心に空から一人の戦乙女が舞い降りた。
「マリク、大丈夫ですか!」
ジェイドは金狼を振り返り、ニッコリと微笑んだ。
上空では銀竜が、羽ばたきながら攻撃態勢を整え、狼達を牽制するように長い尾を大きく振り回している。
(カシェルさん・・・ジェイドさん・・・。)
金狼は頼もしい味方を得て、嬉しそうに豊かな金色の毛を揺らした。
そして、彼は身を翻すと狼の群めがけ駆けだしていった。
美しい金色の獣は、軽やかに身をかわしながら狼を次々とねじ伏せた。
ジェイドも、ケイトを守りながら矢筒の矢を地に突き立てると狼めがけて次々に放った。
放たれた矢は鋭い音をたて飛んで行き、確実に狼を仕留めていった。
そしてカシェルは尻尾で狼達をなぎ倒すと鋭い爪で彼らを掴み、森の茂みへ高々と放り投げた。
激しい戦いの末、狼達は尻尾を巻き森の奥深くへ逃げていった。
後には、朱に染まった薄紫の花々と狼達の死骸が残された。
「ふぅ・・・。やっと片づいたな。」
竜から元の姿に戻ったカシェルが軽やかに地に着地すると、腕を回しながらマリクに近づきニヤリと笑った。
すると、肩で激しく息をしていた金狼は見る見るうちに人の姿に戻った。
「カシェルさん、ジェイドさん・・・来てくれてありがとう・・・。」
そう言いながらマリクは、狼達の血にまみれたまま力無く微笑んだ。
そして、ケイトの方に向き直り、手をさしのべながら言葉をかけた。
「ケイト・・・大丈夫?あの・・・・。」
「嫌ッ!近寄らないで!・・・貴方は・・・何?化け物?」
ケイトは、恐怖の表情を浮かべジェイドにしがみつくと、差し出されたマリクの両手を激しく拒絶した。
マリクが願ったこと・・・・一言でいい・・・ケイトの声を聞くこと。
ただそれだけだった。
望みは叶えられた。
それは、激しい絶望と・・憎しみに彩られた悲しい叫びだった。
【生き抜け、強く!】
「あぁ・・・。」
マリクは、ケイトに振り払われた手をうつろな瞳で見つめたまま、ヨロヨロと後退った。
「おっと・・・。大丈夫か?」
カシェルが後ろから彼を抱き留め、心配そうに顔を覗き込んだ。
「カシェルさん・・・僕・・・僕は・・。」
マリクの深い悲しみを湛えた緑の瞳は涙に濡れ、彼の口からは切れ切れの言葉しか聞くことが出来なかった。
ドンッ
急にマリクの力が抜け、糸の切れた人形のようにカシェルの身体に寄りかかった。
「おっ・・・ちょっと・・・マリク?」
慌てて、カシェルは彼を支え抱きかかえた。
マリクは極度の緊張と消耗・・・そして深い絶望のショックで気を失っていた。
「・・・・・・・。」
カシェルは、きつく唇を結んだまま、首を横に振ると、無言で血塗れのマリクを背負い、黙々と森の道を歩きだした。
ジェイドも悲しみで押し潰されそうな気持ちを抑え、言葉を取り戻し泣きじゃくるケイトを伴い彼に続き、ルードの家への帰路に就いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
太陽はすでに地平線に沈み、辺りは真っ暗な闇・・・明日は雨にでもなるのだろうか・・・森の木の葉がザワザワと風に揺れる音が少し開けた窓から聞こえてくる。
カシェル達が帰ってからかなりの時間が過ぎたというのに、ルードは頭を抱えたままテーブルに座り身じろぎもしなかった。
マリクは、戻るとすぐに身体の汚れを拭き取られ、今は自室のベッドで安らかな寝息をたてて眠っている。
「可哀相なマリク・・・。私はあの子になんと言葉をかければ良いのでしょう・・・。」
呻くように言いながら、ルードは顔を上げた。
彼の瞳には涙が光っていた。
「ルードさん・・・。さっきの話の続きを教えてくれよ。」
カシェルは、真剣な眼差しで彼を見据え言葉を促した。
「話・・・。そうでしたね。でも、あなた達はその目で事実を見たのでしょう?あれが真実・・・マリクのもう一つの姿なのです。」
「金狼か。まさかアイツがね・・・。あの時”不死者の城”でケルベロスを倒したあの金狼がマリクだったなんて・・・。俺、アイツの獣召還だとばかり思っていたんだよ。だからあの時も有頂天でアイツを褒めたんだ!・・あの時、アイツは・・・どんな気持ちで俺の話を聞いていたのかな・・・。水臭いよな・・一言言ってくれれば良かったのにさ・・・。」
「あなた達に嫌われたくなかったのですよ。あの子はいつも、まわりの人間に気を使い狼人であることをひたすら隠して、今まで目立たぬようにひっそりと生きてきたのです。」
「可哀相に・・・。どんなにか辛かったでしょうね。」
ルードの言葉にジェイドはポツリと呟いた。
「実はこの前はあなた達に伏せていたのですが・・・。2年前、彼を助けた時マリクは狼の姿でした。私は思わず恐怖しましたが・・・彼の絶望に沈んだ瞳を見たときに、何故かとても愛おしい気持ちと、どうしても助けてやりたいという気持ちが沸き上がったのです。だから躊躇無く彼を部屋の中に招き入れたのです・・・。」
「・・・・もしかして、貴方はその時腕を・・・。」
「ええ・・彼の興奮は収まってはいなかった。私はそれが判断できなかった・・・。私の腕は彼がほんの少し力を込めて噛んだだけで簡単にちぎれました。でもね、カシェル君、私は腕のことなどどうでも良かったのです。ただあの子を助けかった・・・。だから・・・翌朝毛布の中でスヤスヤと眠っている少年の姿のマリクを見たときの喜びは、例えようがありませんでした。そして、彼には人として生きることの喜びも、狼人として生きる厳しさも全て受け入れて強く生き抜いて欲しい・・・そう願わずにはいられなかった・・・・。」
ルードは嗚咽で掠れる声でそう告白すると、再び頭を抱え黙り込んだ。
「ルードさん、マリクはその通りに生きてきたわ。だから、私たちにも真実を明かさず一人で全て受け止めていたのだと思います。」
「そうだな・・・。アイツ自分で出来ることはきっちり片づけていたもんな・・・。」
カシェルもジェイドの言葉に相づちを打ち、暫く何事か考えを巡らしていたが
「とにかく、マリクの記憶と心の傷は暫く癒されないかも知れない・・・。でも俺達は仲間だ。アイツのことは俺がきっちり面倒見させて貰うよ。だから、ルード先生も安心していいぜ。」
と言うとニコリと微笑んだ。
「ほぉ・・・。カシェル随分大きく出たなぁ・・・。」
カシェルの言葉を遮るように、聞き覚えのある声が背後から聞こえた。
「バ・・・バレリア!」
「帰りが遅いので、たぶんここだと思い来てみたが、揃いもそろって何をやっているんだ?」
そう言いながら、ツカツカと部屋に入るなりバレリアは空いている椅子に腰を下ろした。
「マリクが何者であろうと関係ないではないか。狼??私には何も問題ない。・・・ルード殿、私の身体も充分休養を得て癒されました。ですからマリクはこちらに引き取らせて貰います・・・異存はありませんね?」
バレリアは単刀直入に用件を切り出すと、ニッコリと微笑み一同を見渡した。
その瞳は深く青く、生き生きと輝き、何人たりとも拒むことは出来ぬ強い決意をたたえていた。
~続く~
Go West!~金色の乙女と冒険者達~ 第一部第ニ章 移民の地カタン vol.6 [小説]
第一部第ニ章 移民の地カタン vol.6
【蒼の森】
その頃マリクは蒼の森の更に奧を目指し歩いていた。
「何?ケイト、今日は何処へ出かけるの?」
マリクの質問にわずかに小首を傾げ、ケイトはニッコリ微笑むと彼の手を引き、どんどん森の奥深くへ入っていく。
この二日間、二人は何をするのも一緒だった。
亜麻色の髪の可愛らしい少女。
ケイトは彼より一つ年下だった。
マリクが来てから、毎朝バル爺さんについて小屋にやってきて、部屋の掃除や食事の支度を手伝ってくれるのだ。
彼女のどこか”懐かしさを感じさせる”暖かな微笑みは、いつしかマリクの心を癒し落ち着かせていたのだった。
(後は、ケイトの声が聞けたらいいのに・・・。)
そうマリクは願った。
彼女は、小さな頃の事故が原因で口が利けなくなってしまっていたのだ。
そのことについて、何故かルードはあまり語りたがらなかった。
勿論、マリクにしても彼女の過去・・・特に辛い出来事ならば尚のこと余計な詮索をする気は毛頭なかった。
ただ、この可憐な少女の声を想像すればするほどたまらなくその声が聞きたくなってしまうのだった。
二人は蒼の森の最深部にたどり着いた。
森の中央は、草原が広がり野生のセルフィニウムが咲き乱れていた。
「うわぁ、こんなにすごい花の群生地は初めてみたよ!」
マリクは驚きに目を見張りながら、胸一杯に花の香りを吸い込んだ。
(不思議だな・・・この花、この香り・・・初めてではないような気がする・・・。)
懐かしい様な、でも、思い出してはいけないようなおかしな感情が彼の胸を締め付けた。
「あ・・・・!」
ケイトが心配そうに彼の顔を見つめ、つないだ手をそっと握り返した。
「ごめん。何でもないんだ。ケイト、君は僕にこの景色を見せたかったんだね?ありがとう。」
マリクは彼女の不安をうち消すように、満面の笑みを浮かべた。
ケイトは少し照れたような表情をして頷くと、彼の手を離しセルフィニウムの海に身を沈め、その薄紫の花を摘み始めた。
その姿をぼんやりと見つめながら、マリクは赤髭亭に残してきた3人のことを思った。
(バレリア様、どうしてるかな・・・体調は良くなったかなぁ。酔っぱらい相手にあれだけ暴れられたんだから大丈夫だとは思うけど。・・・それに・・・カシェルさんもジェイドさんも、きっと僕のこと呆れているよなぁ・・・。)
ついつい後ろ向きな考えが彼の心に暗い影を落とし、マリクはブンブンと首を振った。
そして、深い溜息をつくと、彼は薄紫の可憐な花に視線を落とした。
「!!!!」
突然激しい悪寒に襲われて、マリクはその場に立ち上がり辺りを見回した。
ケイトは尋常ではない彼の様子に驚き、摘んでいた花を投げ捨てマリクの側へと駆け寄った。
(何だこれは・・・。おかしな匂い・・・血の匂いみたいだ・・・。)
マリクはケイトを庇うように抱き寄せた。
ザザザ・・・・ザザザザッ・・・。
デルフィニウムの茂みがザワザワと波打つ。
凶暴な匂いを漂わせた何者かが、二人を取り囲み、ジリジリと迫ってきた。
(これは獣の匂い・・・まさか・・・まさか!!)
マリクは更にきつくケイトを抱きしめながら、険しい表情で周囲に視線を走らせた。
【ルードの後悔】
ヒュゥゥゥ・・・ン。
カシェルは銀の翼で思い切り風を切り裂いた。
カタンの街の上空を旋回すると、蒼の森を目指して彼は悠々と翼を動かしながら飛んだ。
その背中には、ジェイドが乗っている。
(ちょっと乗り心地は悪いかもしれないけど、我慢してくれよ。)
出来ることなら、そう彼女に話しかけたかったが竜に変化すればそう言うわけにもいかない。
出来るだけ彼女に負担をかけぬように気を使いながら、彼は飛び続けた。
「まぁ・・。なんて美しい光景なの?カシェルはいつもこのような景色を見ながら大空を飛んでいるのね?羨ましいわ。」
ジェイドは彼の銀の鬣を掴み、滑り落ちないように気をつけながら楽しそうに下界の様子を覗き見ていた。
(一度アンタにはこの風景を見せてやりたかったからな・・・。)
カシェルは満足げに首を振った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「やあ、いらっしゃい。そろそろ訪ねてこられる頃だと思っていましたよ。」
ルードの家に到着すると、彼がにこやかに二人を出迎えた。
「どうも・・・。マリクはいますか?」
カシェルは挨拶もそこそこに、室内の様子をうかがいながらルードに尋ねた。
「今は、ケイト・・・ここにいるバル爺さんのお孫さんと森に出かけています。暫く待てば帰ってくると思いますよ。とりあえず、お茶でもいかがですか?」
そう言いながら、二人にテーブルにつくように促すと彼はお茶の用意を始めた。
「あ・・・。お茶なら私が・・。」
慌てて、腰を浮かせたジェイドを、やんわりと手で制しルードはセルフィニウムの花茶を人数分のカップに注いだ。
「セルフィニウムですか・・・。たしか西方諸国の、パドレス村の特産でしたね。」
ジェイドがお茶の香りを嗅ぎながらルードに尋ねた。
「ええ、パドレス産のセルフィニウムは上質で味も良いのですよ。そういえばこの森の奧にも野生のセルフィニウムが群生する場所がありましてね・・・。ただし、おかしな事にセルフィニウムという花は、獣を酔わす効能もあるらしいのです。特に狼が好むとも言われていますからね・・・。」
お茶を一口飲みながら、ルードはのんびりと答えた。
ガターン!
彼の言葉を聞いて、バル爺さんが血相を変えて立ち上がった。
「ルード先生、今・・・今おっしゃった事は本当かね?あぁぁ、なんて事だぁ・・・実はケイトは今日、セルフィニウムを摘みに森に行ったんです!もしも、そこでもう一度狼に襲われたら・・・あの子は・・・あの子は今度こそ本当におかしくなっちまう!」
彼の言葉に、一同は驚き顔を見合わせた。
「なんて事だ・・・。よりによってどうして!」
ルードは、赤褐色の髪をグシャグシャと掻きむしり、低く呻いた。
「でもルードさん、ケイトさんにはマリクがついているのでしょう?あの子なら何とかその場をしのぐことが出来ます。大丈夫ですよ。」
矢筒を肩に掛け手早く身支度を整えながら、ジェイドは異論を唱えた。
「そうだな。アイツなら俺達が行くまで何とか呪術で彼女を守れるさ!」
カシェルもそう言いながら頷いた。
「ええ、マリクなら呪術である程度のことはしのげるでしょう・・・でも・・違う・・・私が言いたいのは”そんな事”じゃない!」
そう叫ぶと、ルードは右手でテーブルを激しく叩きガクリと頭を項垂れ黙り込んだ。
彼の酷い狼狽ぶりを目の当たりにし、カシェル達はその場に立ちつくしたまま困惑の表情を浮かべた。
~続く~
Go West!~金色の乙女と冒険者達~ 第一部第ニ章 移民の地カタン vol.5 [小説]
第一部第ニ章 移民の地カタン vol.5
【再会】
マリクがルードの小屋へ帰ってから、丸二日が過ぎた。
ジェイドは久々に味わう、街の喧噪の中にいた。
今日は、バレリアから頼まれたフィオナ高原産の煙草と、残り少なくなった薬草と矢尻などを買いに市場に来ていたのだ。
あちこちから聞こえる物売りの声、人々の笑い声は、日々戦いに明け暮れる彼女の心を和やかにした。
ジェイドは一件の道具屋の前で立ち止まった。
店先には、鉄、石、獣の骨などで出来た矢尻や矢羽用の鳥の羽が綺麗に並べられていた。
(まぁ、ここの品物はなかなか良い出来ね。新しい矢を作るに丁度良いわね。)
彼女は、それらを一つ一つ手に取るとその出来を確かめるように吟味した。
その目の前に、青い羽根が一枚ヒラリと舞い落ちた。
それは、不思議な輝きを放つ美しい群青色だった。
「なんて綺麗な色・・・。」
彼女は、そう呟きながらそれを拾い上げ、キョロキョロとその落とし主を捜した。
羽根の主は、街路樹の枝にちょこんと留まっていた。
ツグミほどの大きさのその鳥は、首の回りは浅葱色の巻き毛に覆われ、均整のとれた身体は薄青から群青のグラデーション、長い尾羽は優雅に弧を描き空中に漂っていた。
パタパタッ
鳥は空に舞い上がった。
ジェイドは無意識にその鳥の行方を目で追った。
すると鳥は、黒装束に黒い帽子を被った男の頭上でクルクルと旋回した。
彼女はハッとした。
黒いフェルトの鍔広の帽子から、流れ出ている鮮やかな群青の髪・・・。
(まさか・・・アーヴァイン?)
ジェイドは強い魔力に引きつけられるように、人混みをかき分けその男の後を追った。
市場の外れの噴水広場にさしかかった時、その男はおもむろにクルリと振り向いた。
「やあ、又お会いしましたね・・・。お嬢さん。」
そう言うと、彼は穏やかな笑みを浮かべた。
「アーヴァイン・・・・。」
ジェイドは、言葉を呑み両手で口を押さえたままその場に立ちつくした。
「おや?随分と驚かせてしまったようだね。可哀相に・・・。おいで、ジェイド。大丈夫何もしやしませんから・・・。」
微笑みながらアーヴァインは、ジェイドに手をさしのべた。
ジェイドは、フラフラと言われるままに彼の掌に自らの掌を重ねた。
(暖かい・・・。どうして?)
「ふふふ・・・。不思議そうな顔をしていますね。それでは、そこの噴水を覗いてごらん。」
彼はジェイドの肩を抱き、噴水の水面を覗くように促した。
彼女は恐る恐る、水面を覗いた・・・・。
「ああっ」
あまりの驚きに、ジェイドは声をあげた。
キラキラと太陽の光を反射しながら輝く水面に並んで映る二つの顔、それは紛れもなくジェイドとアーヴァインのものだった。
「アーヴァイン・・・貴方、生き返ったの?」
「うーん・・・。正確には転生した・・・バレリア姫の血によって生まれ変わったと言った方が正しいでしょうね。」
そう答えると、彼はジッとジェイドの顔を見つめた。
群青の癖毛に縁取られた彼の顔は血色も良く、切れ長の形の良い眼に輝く金色がかった蜂蜜色の瞳は生気に溢れていた。
彼女の前に立つ、美しい青年には不死者の城の亡者の面影はすでになかった。
「でも、どうしてバレリア様の血は貴方にしか効果がなかったのですか?」
ジェイドは、広場の粗末なベンチにアーヴァインと並んで腰をかけると彼に尋ねた。
「古来より、我々の間では金髪碧眼の穢れ無き乙女には強い霊力が宿っていると語り継がれていましてね。化け物どもはこぞって乙女を襲い血肉を喰らってきたのですよ。だからバレリア姫も例外ではなかった・・・。しかし、愚かなルドルフは何も知らなかった。穢れた魂の持ち主が乙女の血肉を喰らうとどうなるか・・・穢れは清き血によって浄化され、その身は消滅するという事を・・・。」
「だから、彼は滅んだ・・・。そして貴方は転生を果たした・・・。貴方の魂は穢れていなかった・・・。そうですよね?」
「さぁ・・・本当のところはどうなんでしょうね。たまたま私がついていただけかも知れませんよ。我々化け物に穢れや清浄など・・・・。」
「我々・・・なんかじゃありません。貴方は人間です!」
彼の言葉を、遮るようにジェイドは叫んだ。
「あ・・・・。」
呆気にとられて、アーヴァインは彼女の顔を覗き込んだ。
「きっと、バレリア様の血が・・・望んで貴方を転生させたのでしょう。だからもうご自分を化け物などと言うのはやめて下さい。そんなの私は嫌いです。」
そう言うと、彼女はニコリと微笑んだ。
「ジェイド・・・ありがとう。ああ・・・又君の魂は輝きを増したようだね。美しいね。」
少し戸惑ったような笑顔を浮かべ、アーヴァインは蜂蜜色の瞳を細め眩しそうにジェイドを見つめた。
「そのことで、私は貴方に聞きたかったのです。私の魂の輝きについて・・・。」
「いや、貴女は魂の輝きについて何も考えなくていい。貴女は貴女らしく思うように生きればいい。そうすればいつか私の言ったことも理解できるでしょう。焦ることはない。」
言い終えると、アーヴァインは立ち上がり、空中にスッと右腕を伸ばした。
パタパタッ
青い鳥が彼の手首に行儀良く留まった。
そして美しい声で
「カシェル・・・カシェル・・。」
とさえずった。
「まぁ・・・。」
「ふふふ・・・。可愛い子でしょう?ブルーフィンチという霊鳥です。・・・・・どうやらカシェルが貴女の帰りを待ちわびているようですよ。あまり待たせては彼が可哀相だ。」
「・・・・・・。」
彼の言葉を聞いて、ジェイドは顔を赤らめた。
そして、落ち着かない様子でバタバタと荷物を背負うと
「それじゃぁ・・・私はこれで・・・。」
と彼に頭を下げ、クルリと背を向けた。
「ああ、お待ちなさい。この羽根を持っていくといい。」
そう言いながら、彼はジェイドの手にブルーフィンチの羽根を握らせた。
「この羽根は、霊力を持つ。これを矢羽に使うといい・・・。もしもの時にはきっと君の願いを叶えてくれるよ。」
「ありがとうございます。アーヴァインも元気で!」
ジェイドはニコリと微笑みながら、名残惜しそうに添えられたアーヴァインの手を解くと亜麻色の髪を翻し駆けだした。
その姿は、見る間に人混みに溶け込み、彼の視界から消えた。
「行ってしまったな・・・。さぁ、セディ、私たちも出かけようか。」
穏やかな笑みを浮かべ、小鳥に声をかけると彼は輝く太陽を眩しそうに見上げた。
カチーン
彼の動作に合わせて、腰に下げた蛇剣と三又剣がぶつかり合い冷たい音を響かせた。
「迷える魂を送る為に・・・・・。」
彼は呟くと、黒いマントを翻し歩き出した。
【会いに行こう】
ジェイドがアーヴァインと別れ、家路を急いでいる頃、カシェルは小麦畑を見渡す小高い丘の斜面に、ゴロリと寝そべり
「マリクの奴・・・どうしてるかなぁ。まだ帰る気はないのかな・・・。」
と独り言を言っていた。
ルードから、彼の過去を聞いて以来カシェルは考え続けていた。
自分が今すべきことは何なのか・・・マリクにとって、必要なことは何なのか・・・。
・・・判らなかった。
でも、マリクにとても会いたかった。
くだらない事でもいい、一緒に笑いながら話をしたかった。
カシェルは大きな溜息をつくと、空を見上げた。
今日も、空は高く何処までも澄み渡り、それを見るカシェルの血はフツフツと波立ち今にも飛び立ちたい衝動にかられるのだった。
「どうしたの?」
「うわっ、びっくりしたっ」
唐突にジェイドに顔を覗き込まれ、カシェルはあたふたと狼狽した。
彼はあの不死者の城の一件以来、ジェイドの事が妙に気になるのだ。
彼女とは自分の支配者(ロウラー)である以外、特別な関係など望んでいないはずなのに、
彼女の声を聞き、姿を見ると気持ちがそわそわと落ち着かなくなるのだった。
「お帰り。早かったな。・・・・なんだ、随分息が切れてるじゃん。走ってきたのか?」
照れ隠しに早口で喋りながら、彼は腰の革袋を外しジェイドに手渡した。
ジェイドは、隣に腰を下ろすと革袋から旨そうにゴクゴクと水を飲んだ。
カシェルは水を飲み込むたびに上下する彼女の細い喉元を眩しげに見つめていた。
「それで、カシェルは何をしていたの?」
ジェイドは手の甲で口を拭い、革袋を返すと微笑みながら彼に尋ねた。
「あ・・・うん。マリクのことを考えていたんだ。」
突然彼女にこちらを振り向かれ、心の準備が出来ていなかったカシェルは戸惑いながらそう答えた。
「・・・たった二日間マリクがいないだけなのに、なんだかとても寂しいわね。」
「自分でも不思議なんだけど、思っていた以上にアイツのことを仲間だと思っていたみたいなんだ・・・。出会ってまだ間もないのにな。」
カシェルは、明るい緑に輝く麦畑に目をやりながらジェイドに胸の内をうち明けた。
「私もよ・・・。相手を大切に思うってことは時間の経過だけの問題じゃないのね。マリクだけじゃないわ・・・カシェル、貴方のことだって私には大切な存在だわ。」
ジェイドは琥珀色の瞳で真っ直ぐにカシェルを見つめながら、言葉をつなげた。
「大切な存在・・・か・・・。」
そう呟くと、再びカシェルはゴロリと草の上に寝ころんだ。
その横で、ジェイドもそよ風に髪をなびかせしばし物思いにふけっていた。
「あの・・・。」
「あのさ・・・。」
同時に、喋りだした二人は一瞬あっけにとられたが、ジェイドが一歩譲る形でカシェルが言葉を続けた。
「アイツに会いに行かないか?今日の用事は済んだんだろ?なっ?いいだろ?なっ?」
「ええ・・・実は私もそれが言いたかったのよ。」
「んじゃ、決まり!さっ、行こうぜ。」
そう言うとカシェルは飛び起き、ジェイドの手を引き立ち上がらせると彼女に目くばせをした。
「何?」
不思議そうに彼女が尋ねる。
「ちぇっ、鈍感・・・・。」
彼は右手の人差し指で大空を指し示すと
「頼むよ。今日の空は最高に澄んでいるだろ?竜の血が騒いで仕方がねぇんだ。」
と照れくさそうに言いながらニコリと微笑んだ。
~続く~
Go West!~金色の乙女と冒険者達~ 第一部第ニ章 移民の地カタン vol.4 [小説]
Go West!~金色の乙女と冒険者達~
第一部第ニ章 移民の地カタン vol.4
【僕に今出来ること】
マリクはベッドに仰向けに寝ころび、ジッと煤けた天井を見つめていた。
ルードの家に帰ってからも彼は後悔にさいなまれ、すでに何十回目かの溜息をついてた。
突然発作のように訪れる狂気は・・・いつも心をザワザワと波立たせ、全てを壊してしまいたいような衝動を呼び覚まし、彼を襲うのだった。
(とにかく今は自分を抑えなくちゃ・・・。)
それは判っているし、自分でも努めているのだ。
(最近は、だいぶ感情を操作するのが上手くなって来ていたのになぁ・・・なんでだろ?)
ゴロリと寝返りを打ち、穴の開いた壁を睨み付け、再び彼は思いを巡らす。
(力の解放を、僕は拒み続けて来たのに・・・でも、今は逆に力の解放を望んでいるのか・・・まさか・・・。)
判らない・・・。
(この狂気が僕の失われた記憶とつながっているのは明らかなのに、僕は事実と向き合うのを恐れている。このままじゃ何も変わらないのに・・・。)
「意気地無し!」
彼は苦々しく自らを罵ると、衣類を脱ぎ捨て姿見の前に立ち、背中を映した。
褐色の痩せた背中に残っているのは、何者かに付けられたおびただしい傷跡だった。
「この傷が僕の運命だから・・・僕はそれを受け入れた。だけど、僕の全てを知ってしまったら、バレリア様達は僕を今まで通りに受け入れてくれるのだろうか・・・。」
そう呟くと、彼はノロノロとベッドに潜り込んだ。
”お前は、自分の出来ることをしろ。”
カシェルの言葉が、頭をよぎった。
(自分の出来ることかぁ・・・。)
再び、思いを巡らせるが結果は堂々巡りを繰り返すばかりだった。
(・・・疲れたな・・・。)
瞼がだんだんと重くなってきて、マリクはパシパシと瞬きした。
ルード先生・・・。
(明日は先生に謝らなくちゃ・・・そして・・・暖かい朝食を用意しよう。とりあえず、今はそれが僕に出来るせめてもの事だから・・・。)
そう思いながらマリクは、瞼を静かに閉じた。
身体にまとわりつくような深い眠りが彼を誘い、その黒く深い闇にマリクは飲み込まれていった。
【和やかな朝食】
台所からパンの焼ける香ばしい香りが漂い、食器をテーブルに並べる賑やかな音が響いてくる。
ルードはモゾモゾとブランケットを捲り、寝ぼけ眼のままベッドから降りると大きな欠伸をした。
彼は、目尻に浮かんだ涙を右手の甲で拭うと幸せそうな笑みを浮かべそそくさと階下へ降りていった。
「旨そうな匂いだ・・・マリクの焼いた胡桃パンを食べるのは久しぶりだ。」
彼は台所に声をかけながら、お茶の入った小箱からライムの香りのする茶葉を選ぶと、ポットに二人分の熱湯を注いだ。
「ルード先生、おはようございます。昨日は・・・あの・・本当にごめんなさい。」
マリクは、焼きたてのパンを入れた篭を胸に抱え、台所からヒョコリと顔を覗かせるとルードに昨夜の行いのことを詫びた。
「そのことなら、もういいですよ。昨日のことは忘れて暫くはここでゆっくり体を休めながら今までの旅の話でも聞かせて下さい。」
「はい・・・。」
「ほらほらマリク、せっかくの胡桃パンが冷めてしまうよ。早く食べましょう。」
彼は、腹が空いてたまらないといった表情を浮かべると、マリクの肩を右手でポンと叩き、テーブルへ着くように促した。
ポットからライムの良い香りが漂い、ルードはその香りを胸一杯に吸い込むとそれぞれのカップに注いだ。
和やかな師弟の朝食が始まった。
マリクは、コステラを旅立った後、カシェル達に砂漠で救われ旅の仲間になった経緯を・・・そして、一昨日の不死者の城での出来事を感情たっぷりにルードに話して聞かせた。
ルードも話を聞きながら、時折パンを旨そうに頬張り、眉をひそめ真剣に耳を傾けていたかと思えば愉快そうに声をあげて笑ったり実に楽しそうであった。
そして、彼らのカップに6杯目のお茶が注がれた時、コツコツと誰かが小屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「ああ、ケイトとバル爺さんが来たよ。」
ルードはそう言うと”お入り”といいながら、ドアを開けた。
戸口には、亜麻色の髪をピンクのリボンで二つに結んだ可愛らしい少女と、ツルリと頭が禿げ上がった赤ら顔の、恰幅の良い老人が立っていた。
「おはようございます。ルード先生。今日は又随分ご機嫌がよろしいですなぁ。笑い声が外まで響いておりましたよ。」
「久しぶりに弟子のマリクが帰ってきたのでね。土産話を聞かせて貰っていたのさ・・・そうだ、ケイト、君も後でマリクに話を聞くといい。・・・うん。それがいい。」
上機嫌で二人を部屋に招き入れると、ルードはマリクを振り返って手招きした。
「マリク、こちらがバル爺さんだ。ここの家主さんでね。家の痛みが激しい箇所を修理しに来てくれているんだよ。そして、この子がお孫さんのケイトだ。とても明るくていい子だから、きっと君とも気が合うと思うよ。」
「あ・・・。僕ルード先生の弟子でマリク・アシュラムと言います。宜しくお願いします。」
彼は慌てて椅子から立ち上がると、二人にペコリと頭を下げた。
そんなマリクの仕草を見て、ケイトはクスクスと可笑しそうに笑った。
少女の無邪気な笑顔に、彼は落ち着かない気持ちになり頬を赤らめ困った顔をすると照れ笑いを浮かべた。
ルードはマリクのその様子を慈愛のこめた笑顔を浮かべながら、楽しそうに見つめていた。
~続く~
Go West!~金色の乙女と冒険者達~ vol.3 [小説]
第一部第ニ章 移民の地カタン vol.3
【隻手の呪術師ルード】
「私の弟子が大変ご迷惑をおかけしました。」
そう言いながら、ルード・アシュラムと名乗った呪術師は、往来にいる人々に深々と頭を下げた。
「全く驚いたよ。マリク・・・あんな野郎に本気になってどうすんだよ・・・。」
未だ納得行かないと行った様子で、ブツブツと文句を言いながらカシェルはマリクを肘でこずいた。
「とにかく、ここで立ち話というのも何ですし・・・。よろしければご一緒にお茶でもいかがですか?」
遠巻きにこちらを見て口々に何かを話している野次馬達を気にしながら、ジェイドは彼を赤髭亭に誘った。
「ええ、そうですね・・・。」
そう頷くと、ルードは一同の後に続き店に入ると、テーブルに座を連ねた。
「それでは、失礼して・・・。上着を脱いでもよろしいですか?」
そう言いながら、ルードは黒い粗末なローブをバサリと脱いだ。
背はそれほど高くはないが、均整のとれた体つきに健康そうに日に焼けた肌、一つに束ねた赤褐色の髪。
人の良さそうな垂れ目の右の目尻には小さな泣きボクロ・・・特徴のあるローブを脱げば、彼は呪術師という雰囲気が全くしない男だった。
しかし、一同の視線は、一所で釘付けになった。
ルードは隻手だった。
彼の左腕は肩の付け根から先が無かったのだ。
「ああ、この腕ですか?2年前に事故に遭いましてね・・・。」
彼らの心の動揺を感じたのか、彼は事も無げにそう説明した。
「いえ・・・。こちらの方こそ不躾に失礼をいたしました。」
慌ててジェイドが弁解するように頭を下げた。
「・・・あの・・・先生、こちらにはいつから滞在してるんですか?」
マリクが、怖ず怖ずと遠慮深げに尋ねた。
「一月程前からだよ。ここは移民の地だからね。宗教や伝統もあってないようなものなんだ。だから呪術も以外と需要があるんだよ・・・とはいっても殆どは呪い祈祷、人生相談、恋愛相談・・・他愛もない事だけどね。」
そう言いながら彼は可笑しそうに笑った。
「ふーん・・・。呪術師も十人十色ってことかぁ。まぁ、マリクの先生だもんな、超一流の魔術師って感じはしねぇなぁ。どっちかってぇと、三流ってところだな。」
突然、先程からどうにも虫の居所が良くないカシェルが、師弟の和やかな会話の腰を折るように嫌味を込めた一言を発した。
その場には気まずい空気が漂い始めた。
「・・・カシェル、なんて事を・・・。」
ジェイドが厳しい表情でカシェルを睨み付ける。
「そうですよ!カシェルさん!いくら僕が出来損ないだからって、元西国魔都の宮廷呪術師の先生を侮辱するなんて・・・酷すぎます!」
マリクは頬を紅潮させ、震える声で彼に向かって叫んだ。
「何だよ、お前・・ふん・・今度もさっきみたいに俺に火の玉でもぶち込むか?」
カッシェルも、ギロリと赤い目を光らせ槍を掴むと椅子から腰を浮かした。
「あ・・・マリク、別に私は気にしてませんから・・・。二人とも落ち着いて・・・ねぇ。」
ルードも立ち上がり大きく右手を広げ、彼らをなだめながら困った表情を浮かべた。
「でも・・・。僕はカシェルさんを絶対許しませんからっ」
そう言い捨てると、マリクは一目散にバタバタと二階へ駆け上がり、乱暴に自分の部屋の扉を閉めた。
「ふぅ・・・困った子だ・・。」
そう言いながら、ルードは肩をすくめた。
「でも、これで貴方もアイツに気を使わずに話ができるだろ?」
そういいながら、カシェルは口元にニヤリと笑みを浮かべ、ルードに片目を瞑りドサリと椅子に腰を下ろした。
「そうですね。お気遣いありがとうございます・・・・。」
(そうだったの・・・カシェルったら・・・。)
二人のやりとりを聞いて、ジェイドは初めて事の次第が判った。
カシェルは、ルードの少し陰った表情から、彼がマリクに関わる何かを自分たちに伝えようとしていることに気付いたのだ。
”しかし、そのことは本人を前にして話せる事でない。”そう彼は判断し、わざとマリクを自室に追いやったのだった。
「それでは、お二人にマリクのことを少しお話しましょう・・・。」
一呼吸おくと、ルードは一同の顔を見渡し、落ち着いた声で語りだした。
【マリクの過去】
「私は西方諸国の港町コステラに住んでいたのですが、2年前にそこでマリクに出会いました。あれはとても酷い嵐の夜でした。戸口で物音がしたので様子を見に外に出ると彼が倒れていたのです。可哀想にびしょ濡れの上、体はあちこち傷だらけで酷い有様でした・・・。」
「何かに襲われたって事ですか?」
ジェイドが尋ねた。
「まあ、そう言うことになるのかもしれません。とにかく急いで部屋に上げ傷の手当を施したのですが、それから三日三晩彼は生死の境目を彷徨い続けたのです。意識が戻ってからも悪夢にうなされて・・・何度も夜中に悲鳴を上げて跳び起きると酷く怯えて泣きじゃくるばかり・・・。昼間は、一言も喋らずただ窓の外の景色を眺めている・・・。あの頃の彼は魂の抜けた抜け殻のようでしたよ。」
一気にここまで語ると、ルードはすっかり冷めてしまった、お茶で口を潤した。
「とにかく私は、あの子の体力を元に戻さねばと考えました。そこで、羊の肉のスープを食べさせました。しかし、あの子はスープを口にした途端、激しく苦しみ全てもどしてしまいました。」
「ああ・・・。さっきもアイツ同じ事をしたよ。ホントに肉が駄目なんだな。」
今まで、ジッとルードの話を聞いていたカシェルが始めて口を開いた。
「ええその通りです。体は弱っているのに肉は食べられない・・・。そこで私はあの子にココルの実をすすめたのです。」
「ああ、あの不味い木の実だな。」
カシェルは先程の木の実の味を思い出し、顔を顰めた。
「あの実を食べるようになってから、あの子は随分元気になりました。そして、三ヶ月がたった頃、やっと私に心を開き話しかけてくれたのです。」
「・・・・良かった・・・。それでどんな話が聞けたのですか?」
ジェイドが安堵の表情を浮かべ、ルードのカップに暖かいお茶を注ぎながら尋ねた。
「・・・何も・・・彼からは何も聞くことができなかった。彼の記憶は所々・・・いえ、殆ど失われていたのです。自分の名前と、育った場所それ以外は何も覚えていなかった。しかも、実年齢よりも明らかに幼く感じられる精神の後退・・・そして、何よりも彼自身時々感情を押さえられなくなるらしく、先程のように暴走する事がしばしば見受けられたのです。」
カシェルとジェイドは、驚いて顔を見合わせた。
彼らの脳裏には無邪気に微笑んだり、子供のように悲しみおびえるマリクの姿が浮かんでは消えた・・・。
「それからの私たちの2年間は、彼の心の傷を癒すことと、彼が唯一興味を持ち、先天的に備わっていた呪術の力を育むためだけに費やされてきたのです。」
そう言い終えると、ルードは再びカップのお茶を口に含んだ。
重苦しい沈黙が一同の間に流れ、カシェルは大きく肩で息をついた。
ジェイドの様子も伺おうとしたが、彼は多分彼女は泣いているのであろうと思い放っておくことにした。
「マリクの奴、自分からは何も言わないし、俺もアイツのことをあえて知ろうとしなかった・・・。ルードさん・・・貴方も相当辛かっただろうな。いろいろ話してくれてありがとう。」
そう言うと、カシェルは深く頭を下げた。
「いえいえ・・・。私の方こそ至らぬ師で面目ない限りです。」
首を振りながら、彼は更に続けた。
「迷惑ついでにお願いがあるのですが、皆さんがここに滞在されている間マリクを私の所へ預けて下さいませんか?勿論ここを発たれる時までにはお返しいたします。」
「うーん、バレリアに聞いてみないと駄目だろう?アイツ今は酔いつぶれて寝てるからな・・・。ジェイド、どうする?。」
「・・・・・そうね・・・・。マリクも気持ちが不安定な様子だし、ここはルードさんにお任せした方が良いかもしれないわね・・・。バレリア様には私の方から説明をしておきます。」
涙を拭き、呼吸を整えるとジェイドはそう言った。
「それでは、早速そういたしましょう。ちょっと失礼して彼の部屋へ行ってもよろしいですか?」
カシェルらの了解を得ると、ルードはニコリと微笑みローブを羽織り二階のマリクの部屋へと向かった。
コツコツと階段を登る軽やかな足音が、残された二人の耳にはやけに大きく響き渡った。
【宿命の姉妹】
数十分後、二人は二階から降りてきた。
「それでは、私たちは街はずれの”蒼の森”の山小屋におりますので・・・何かありましたらそこへいらして下さい。」
そう言うと、ルードは深々と礼をすると宿屋を出た。
マリクも彼に続き少しバツの悪そうな表情を浮かべ、カシェル達にペコリと頭を下げると小走りに駆けだしていった。
彼らを見送ると、カシェルは冷めたお茶を乾いた喉に流し込み顔を顰めた。
「正直キツイ話だったな。マリクにあんな過去があったなんてな。これから俺達はアイツに対して、どうしてやればいいんだろう・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・とりあえず今日はこれで解散しよう・・・ジェイドも早く寝ろよ。」
「おやすみなさい。」
「おやすみ。」
カシェルは疲労感の浮かんだ表情でジェイドに目くばせすると、ノロノロと自室に戻っていった。
ジェイドも階下から彼に挨拶を返すと、バレリアの待つ部屋へ向かった。
キィ・・・。
少しきしむドアを開けて、ジェイドは寝室に入った。
室内はシンと静まり返っていた。
燭台の灯りが室内をほんのりと橙に染めている。
ジェイドは床に視線を落とした。
転々と散乱するバレリアの、衣類と無数の酒瓶達・・・。
「まったくもう・・・バレリア様ったら・・・。」
そう言いつつも、つい口元に微笑みを浮かべながら、ジェイドは部屋の中を片づけ始めた。
ふと視線を上げると、窓からは青白い月明かりが部屋の中に射し込み、ベッドに眠るバレリアの裸の背中を白く浮かび上がらせていた。
美しい背中・・・だが、その背中にはくっきりと大きな傷が残っている。
(あの時の傷・・・ニコラの治癒魔法なら綺麗に治すことが出来たのに・・・。)
ジェイドは、壁際の椅子を引き寄せ静かに腰を下ろすと、バレリアの背中を見つめた。
(あら・・・?これは?)
ジェイドはバレリアの傷の辺りに違和感を感じそこを指先でなぞろうとした。
「・・・どうした?眠れないのか?」
突然バレリアに声をかけられ、彼女は伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。
「ええ・・・。ごめんなさい。起こしちゃったわね?」
「私の背中がどうかしたのか?」
ベッドから身を起こしてバレリアは大きく伸びをしながら尋ねた。
「いえ・・。妙な痣があったような気がして・・・。」
「ああ、あれか・・・どうも不死者の城の穢れが酷くてな・・・そのうち消えるさ。」
たいした気にもせずバレリアはそう言うと、ブランケットを羽織りサイドボードの煙管に手を伸ばすと象眼細工の小箱に入った煙草を詰め火を灯した。
薄暗い部屋に細く紫煙がたなびいた。
「ニコラの煙管・・・すっかり貴女に馴染んで・・・。」
「そうだな・・・。ああ・・こんな夜は、彼女を思い出す・・・。」
そして二人は、過ぎ去った想い出を懐かしむように漂う紫煙の行方を静かに目で追った。
「久々に王都のワインを飲んだせいかな。おかしな感傷に浸ってしまった。」
バレリアは自嘲気味に呟くと、右の掌でコツンと額を叩いた。
「・・・あのワインは私たちの旅の始まりを祝った・・・いえ、四人の誓いを立てた大切な想い出のお酒ですものね。だから尚更さっきは腹が立ったのでしょう?」
「まあな・・・。私としたことが、感情の赴くままに馬鹿なことをしたよ。」
そう答えながら、バレリアはフゥと煙草の煙を吐き出した。
「バレリア・・姉様。」
「ジェイド・・・その呼び方も久しぶりだな。最近は私がお前の姉だということも忘れがちになってしまっているよ。といっても・・・実際どちらが姉だか判らなくなってしまったが・・・。」
「嫌だわ。そんな言い方。」
「いや、つまらぬ仕来りとはいえ、お前を従者の様に扱わねばならない事本当にすまないと思っている・・・許せ。」
「いいのです。私の存在は決して表に出てはならない・・・でも・・・それでも私は姉様のお側にこうしていられることが嬉しくてならないのです。」
ジェイドは首を振ると、バレリアの手を取り優しく握りしめた。
バレリアも無言でその手を握り返す・・・その指先に微かに力がこもり、俯いた白い頬に涙が一筋ツゥと流れた。
「・・・今夜はもう遅い・・そろそろ眠ろう・・・。」
「・・・判りました。おやすみなさい・・・・バレリア様。」
そう言うとジェイドは立ち上がり、燭台の灯りをフッと吹き消した。
辺りには何事もなかったような静寂と暗闇が戻った。
~続く~
Go West!~金色の乙女と冒険者達~ 第一部第ニ章 移民の地カタン vol.2 [小説]
Go West!~金色の乙女と冒険者達~
第一部第ニ章 移民の地カタン vol.2
【移民の地カタン】
翌朝は、一点の曇りもない快晴だった。
気持ちの良い風が吹き、雲雀がピチピチと囀りながら大空へ駆け上がるように飛び交っている。
バレリア達一行は、簡単な朝食をすませると手早く撤収作業を終え野営地を後にした。
マリクの参入により、カシェルも彼の愛鳥「ムーラン」に乗ることを許されたので、旅のペースが俄然速くなったのは言うまでもなく一行は順調に馬達を走らせ夕方にはカタンに入ることができた。
”移民の地カタン”その名の通り、そこは多くの移民達が流れ住む街だった。
その為、大陸の各地からは様々な物資が集まり取り引きされており”貿易都市”として発展しつつある様子がうかがえた。
「賑やかな街だなぁ。」
カシェルが、好奇心で膨らんだ小鼻をひくつかせながらムーランの背から高みの見物を決めこんでいる。
「あまりキョロキョロするな、田舎者!」
兜越しに、バレリアが注意を促す。
「わかってるよ!それよりも腹減った~。早く宿を見つけて飯にしようよ。」
カシェルは大げさに腹を押さえると、肉屋から漂ってくる肉の焼ける旨そうな匂いを胸一杯に吸い込みゴクリと生唾を飲み込んだ。
「卑しい真似をするな、馬鹿者!」
再びバレリアがカシェルを叱責し更に手厳しい言葉を続けようとした時、彼女はマリクの異変に気が付き、心配そうに眉をひそめた。
「マリク・・・どうした?気分が悪そうだが・・・。」
「・・・あ・・・。すみません。実は僕、肉が苦手なんです。ちょっと気分が悪くなってしまって・・・。」
額から脂汗を流し血の気の引いた顔で気丈に答えたマリクだったが、とうとう耐えられずムーランの背から飛び降りると道端の植え込みの中へしゃがみ込み激しく嘔吐した。
「大丈夫か?ほら、水だ!」
そう言うと、カシェルは水の入った革袋を腰から外し、マリクの方へ放った。
「すみません・・・。ありがとう。」
マリクは力無く微笑むと、水を口に含みペッと植え込みに吐き出した。
そして、手の甲で口を拭うと再びビルパグに跨った。
「とりあえず、宿を探した方が良さそうね。」
ジェイドも気の毒そうにマリクを見ると、宿場街へ馬を進ませた。
数刻後、一行は「赤髭亭」という宿に部屋を取り、久々に食べるまともな食事を今か今かと待ちわびていた。
赤髭亭は、その名の通り赤髭を生やした気のいい主人ゴルドー・ピンクスが切り盛りする、こじんまりとした宿屋だった。
店の食堂では、様々な種族がのんびりと食事や酒を楽しんでおり賑やかな笑い声があちらこちらから沸き上がっていた。
やがて、ホール係が食事を運んできた。
カタン特有の香辛料の効いた料理は暖かな湯気をあげ、立ち上る旨そうな匂いが鼻をくすぐる。
「うわっ、旨そうだなぁ。早く喰おうぜー!」
カシェルがワクワクと弾んだ声で歓声をあげた。
「私は酒が飲みたいな・・・カシェル、私の分は皆と分けて食べるといい。」
バレリアは、そう言うとゆっくりとグラスを傾けた。
マリクも、気分が良くなり、皆と一緒に食卓を囲み旨そうに料理を頬張っている。
「うーん・・。マリクそいつはちょっと寂しい食事じゃないか?」
カシェルが、旨そうに肉を頬張りながらマリクの注文した食事を覗き込む。
「いいえ、僕はサラダとミルク、それに少しのパンがあれば大丈夫です。」
マリクは、カシェルから漂ってくる肉の匂いに顔を顰めながら答えた。
「でも、肉を取らないと体力がつかないだろう?」
カシェルは更に尋ねた。
「大丈夫ですよ。僕にはこれがありますから。」
そう言いながら、マリクは椅子の背に掛けた鞄からパンパンに膨れた小さな麻袋を取り出した。
そして、その口を開くと小指の先程のオレンジ色をした木の実を取り出し、カシェルの掌に乗せた。
「ココルの実って言うんですよ。この実は栄養価が高いんです。これさえ食べていれば肉なんか食べなくても大丈夫ですよ。カシェルさんも一つ食べてみて下さい。」
カシェルはすすめられるままにココルの実を口に含み、ガリッと噛んだ。
何とも言えない渋みと微かな甘み、ピリピリする辛みがカシェルの舌を刺激した。
「うわっ、不味っ。悪いけど、俺は肉の方がいいな。」
そう言って彼は、コップの水を飲み干した。
「・・・そうかなぁ・・・。こんなに美味しいのに。」
信じられないといった表情で、マリクはココルの実を口に放り込みコリコリと噛み砕いた。
そんな二人のやりとりを、微笑ましく見つめていたジェイドはふと、外の通りに目をやった。
日もとっぷりと暮れ、街路には灯りが点り先程とは全く違う光景の中、誰かがもめているのか大きな怒鳴り声が響いていた。
【乱闘】
「おうおう、この店はこんな酒しか客に出せないのか?こんなもの、酒じゃねぇや!」
一匹のトカゲ男が、だみ声でわめきながら小さな屋台の前で酒瓶を振り回しながら暴れていた。
「お客様、そうは申されましてもその酒は聖王都の高級酒”紫カシスのワイン”ですよ・・・。」
店主が彼をなだめにかかる。
「うるせぇ!俺様はもっと胃袋が燃えるような強烈な刺激の酒が欲しいんだ!そうだなぁ、南国特産の火酒がいい!さっさと持って来やがれっ。」
店主は、オロオロと酒の入った篭をあさるが、彼が望んだ酒は見あたらなかった。
「お客様・・・申し訳ございません。火酒は品切れのようでして・・。」
「何ぃぃぃ~品切れだぁ?それでも酒屋のつもりかぁ?ふざけるなぁぁぁーー!」
彼はますます怒り狂い、屋台の椅子や、テーブルを滅茶苦茶に壊し始めた。
「おー!やってるねぇ、あのリザード野郎。ありゃ相当の酒乱だなぁ。」
最後の骨付き肉を頬張り、頭をボリボリ掻きながら、カシェルは野次馬の後ろから騒動を眺めて言った。
「カシェルさん、そんな呑気な・・・。このままじゃあのお店潰されちゃいますよ。」
マリクも心配そうに様子をうかがいながら、カシェルに囁いた。
「そうだなぁ。食後の軽い運動には丁度いいかもな。」
カシェルはそう言うと、指についた肉の油をペロリと舐め野次馬をかき分けトカゲ男の前に進み出ようとした。
その時、二人は信じられない光景を目の当たりにしてその場に硬直したまま立ちつくした。
「ほぅ?私の故郷の酒が”不味くて飲めぬ”と言うのか?」
いつの間にか、トカゲ男の背後にバレリアが忍び寄り彼の振り上げた腕をキリキリと捻り上げていたのだ。
「愚かなリザードピープルよ、お前にこの酒は勿体ない。代わりに私が味わうとしよう。」
バレリアはそう言うと、彼の手から酒瓶をもぎ取り、ゴクリと一口喉に流し込んだ。
そして、流し目でトカゲ男の苦痛に歪んだ表情を見やると、 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ彼の胸元を掴み店先にあった水の入った樽の中に彼の頭を思い切り叩き込んだ。
バシャーーン
赤々と燃える松明に、水飛沫ががキラキラと輝いた。
「お前には酒より、そっちの方が必要だろう?酒は飲んでも飲まれるな。馬鹿者!」
バレリアは厳しい表情でそう言い捨てると、追い打ちをかけるように樽に頭を突っ込んでいるトカゲ男の両足を払った。
彼はゴボゴボと更に深く水に沈み、苦しそうにもがいた。
彼女は満足そうに頷くと、拍手喝采大騒ぎしている野次馬を後目に、戦利品の酒瓶を片手に悠々と宿屋の中へ入っていった。
【マリクの暴走】
「あぁぁ・・・アイツぅ・・・バレリアの奴ーー。」
カシェルは先を越された悔しさに、顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいる。
「どうみてもバレリア様・・・酔ってますよね?」
身震いしながら再びマリクが囁く。
「ええ・・・それもかなり・・・。」
ジェイドが呆れて答えた。
「・・・で、どうするよ?? 」
「どうするったって・・・。この場合後始末をするのは私たちでしょうね。」
「やっぱりですかぁ~?」
仕方なくかれらは店に行くと、ジェイドは事情を店主に説明し店の修繕費を支払った。
カシェルはというと、樽に頭をつっこんだまま動かないトカゲ男の肩に手をかけ引き起こしにかかっていた。
ウガァァァ!
その瞬間、彼は腰の剣を引き抜きカシェルめがけて斬りつけた。
「おっと!危ねぇ。」
紙一重でカシェルは切っ先をかわし、後ろへ一歩飛びすさった。
「いきなり何しやがる、馬鹿野郎!」
彼は憤慨した様子で、店先に立てかけていた愛槍シュトルムを手に取りトカゲ男を怒鳴りつけた。
「もう許さーーん!何者かは知らんが、お前ら全員ぶった切ってやるー!」
怒りが頂点に達したトカゲ男は、ブンブンと剣を振り回しカシェルに迫る。
カシェルも又、食後とは思えぬ身のこなしで彼の剣を矛先で防ぎながら、打ち返す隙をうかがっていた。
「うるせー!トカゲ野郎。コレでも食らえ!」
そう叫ぶと、彼は槍の柄でトカゲ男のみぞおちに、一撃をくらわせた。
激しい痛みにたまらず、トカゲ男がヨロヨロとよろめいた。
「・・・それじゃあ僕が、貴方のお望み通り燃えるような刺激を味あわせてあげますよ・・・。」
すかさずマリクが短く呪文を唱える。
彼の両手から、炎が上がり、そこから放たれた小さな火の玉はトカゲの尻をメラメラと焦がした。
「アチチ・・。判ったスマン!助けてくれぇ。」
情けない声をあげながら、彼は戦意を喪失しマリクに懇願した。
「・・・いえ・・・駄目・・・ですよ・・・。」
しかし、マリクはカシェル達に今まで見せたことのない異様な笑顔を浮かべ、更に大きな火の玉彼に打ち込もうと身構えた。
(おい・・・マリク、素人相手にそれはやりすぎだろう?)
慌ててカシェルはそれを阻止しようとマリクに飛びかかった。
ドォォォン!
(しまった!)
火の玉はもの凄い勢いでトカゲ男めがけて飛んでいった。
野次馬達は悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らしたようにちりぢりに逃げ、逃げ遅れその場に残された者は誰もが目をつぶった。
「水の壁!出よ!」
逃げまどう人々の陰から何者かが、呪文を唱えた。
ザバッ、ザザザザッ
大きな水の壁が地面よりわき上がり、火の玉をしっかりと受け止めた。
ジュウジュウと音をたてながら火の玉は次第に小さくなり、やがて水の壁に吸収されて消えた。
「バカ野郎!一体何をやってんだ!」
カシェルがマリクを殴りつけた。
「・・・あ・・・僕・・・今何を・・・?」
我に返ったマリクが顔面蒼白になって、カシェルに取りすがり狼狽えた。
「・・・マリク・・・どうしたのです?私はお前に悪戯に命を奪う様な目的で術を使ってはいけないと・・・そう教えたはずですよ。」
背後からヒタヒタと足音が近づき、涼やかな声が彼を窘めた。
その声に振り向いたマリクは、驚きの声をあげた。
「・・・先生!」
~続く~






